2007年9月30日(日曜日)

アケビとミツバアケビ

カテゴリー: - katsumi @ 23時15分13秒

 陸上での予定を終えて昼過ぎ、帰り道に田河内〜宇治〜相山〜荒金ルートを選んだ。

 まだ陸上の地内を走行中に口を開けているアケビが目にとまったので、写真をと思って留まってよく見ると、熟したアケビの皮の色がこれまで見たことのない色なのに気付いた。

 荒金につづく峠道で、こんどは子どものころから見慣れた赤い色のアケビが開いているのを見つけた。

 あとでガイドブックを見て、子どものころから「アケビ」とだけ呼んでいたものが実は「ミツバアケビ」であること、陸上で見たものが「アケビ」であることを初めて知った。

 ミツバアケビは名の通り葉が3枚、アケビは5枚。私が撮った写真をよくみると、陸上のものは5枚、荒金のものは3枚だ。口に入れたら、ミツバアケビのほうがジューシーだった。

 これまで見てきた「アケビ」には熟したら皮が赤くなるものと、赤くならない(しかし陸上のもののような色とはちがう)ものと2種類あった。赤くならないものの葉は、いったい何枚なのか。新たな疑問だ。

アケビ

ミツバアケビ

赤いミツバアケビとアケビ

 


「民間事業者イコール悪」の単純化を脱する

カテゴリー: - katsumi @ 22時34分36秒

 鳥取市議・伊藤幾子さんのブログに載っていた鳥取市学校給食検討委員会の傍聴記を読んで、どこでも似たような論議がでるのだなとあらためて思った。

 「民間委託がなぜ悪い。民間のほうが競争に勝つために厳しい条件をクリアしなければならない」、「民間を悪く言うのは、官=性善説だ」、「官も問題を起している。衛生基準などいま民間はきびしい」等々。

 岩美町議会がいま議論を始めている学校給食検討特別委員会のなかでも、教育委員会が民間が食の安全、安心の点で問題ありという趣旨の見解を述べると、「民間事業者を悪者あつかいすることは民間で事業をしている立場として黙って聞いているわけにはならない」式の反発がすぐに表にでてくる。

 それにたいして官の側も適切な反論ができない、という弱さが見える。

 批判する側と批判される側とにはすれ違いがあるのだが、すれちがっているという認識が双方にない。

 私は、特別委員会の状況を見ていて、すれちがいをはっきりさせ、民間委託が学校給食というサービス提供のうえでふさわしくないという論拠をはっきりさせることが必要だ―という問題意識をもち、頭のすみに課題としてしまっていた。

 今日車で走っているときにひらめいて車を停めてメモした。

 中身は実に単純なことなのだ―

 「民=悪、官=善」ということに論拠があるのではない。現に問題を起している官もあれば、官よりすばらしい内容を実行している民もある。

 「民」は利益をあげるために事業をやっているのであり、より利益をあげる方法、やり方をとる可能性がある。競争がそこに入れば、よりいっそうその傾向は強くなる。

 「官」は利益追求が目的ではない。住民サービス第一がほんらいの目的。その立場からチェックが働き、職員指導もその立場からおこなえる。

 一方(民)は公共サービスほんらいの姿から離れる可能性を内在しており、他方(官)はそうした誘惑を招く条件を排除しうる、ということ。

 現在、「官」に多くの問題、トラブルが発生していることに関して言えば、「官」の本来あるべき姿、方向を放棄し、「民」の手法、利益追求をとりいれていることと無縁ではないだろうと思う。

 


沖縄県民大会から

カテゴリー: - katsumi @ 10時00分21秒

 沖縄県民大会を報じた「しんぶん赤旗」記事から引用する。

 「子どもたちに、沖縄戦における『集団自決』が日本軍による関与なしには起こり得なかったことがまぎれもない事実であったことを正しく伝え、沖縄戦の実相を教訓とすることの重要性や、平和を希求することの必要性、悲惨な戦争を再び起さないようにするためにはどのようにすればよいかなどを教えていくことは、我々に課せられた重大な責務である」(大会決議)

 「歴史の真実をそのまま 次の世代に伝えることが 日本を正しく歩ましめる 歪められた教科書は 再び戦争と破壊へと向かう」(県民へのアピール)

 「今回の教科書検定の結果は我慢できない。みなさんも危機感を感じたからここに来た。為政者はこの思いを受け止めるべきだ。日本軍の命令・誘導・強制・指示・宣撫・示唆などの関与がなければあのような『集団自決』という惨事は起こらなかった」(渡嘉敷村教育委員長・吉川嘉勝さん)

 「教科書から軍の関与を消さないでください。あの醜い戦争を美化しないでほしい。たとえ醜くても真実を知りたい、学びたい、そして伝えたい」(高校生代表の訴え)

 


沖縄県民大会 島ぐるみ11万人

カテゴリー: - katsumi @ 09時39分33秒

 今日の「しんぶん赤旗」の一面トップは、昨日沖縄・宜野湾市で開かれた「教科書検定意見撤回を求める県民大会」の大写しの会場写真と記事。同時に「宮古郡民大会」2500人、「八重山郡民大会」2500人が開かれたことを報じた。

 沖縄での「集団自決」への軍の関与否定は、沖縄県民だけの問題ではない、国民全体の問題であり、日本のあり方、教育のあり方、歴史認識の基本にかかわる重要な問題だ。

 「しんぶん赤旗」記事をぜひ読んでいただきたい。→記事はこちら

 


2007年9月29日(土曜日)

背中を掻けと要求するネコ

カテゴリー: - katsumi @ 22時12分35秒

 わが家のネコ(母娘のうち母親のチャチャ)は私に背中を掻いてくれと要求する。

 昨晩につづき今晩も夕食に向かっている私のそばにすわり、私を見上げる。エサの要求でもない、その他の何も思いつかない、こんなときは背中だ。

 案の定、手を触れると私のほうに背中を向け、尻尾を真上に持ち上げ背中を緊張させ、私の手が背中を掻くのをまっている。

 いつの頃かはっきりとは思い出せないのだが、たぶん7月ごろ、背中を掻いてほしそうな気配を感じたことがあって掻いてやったら、実に気持ちよさそうにしていた。

 それからちょくちょく要求するようになった。外の土の上などで背中を下にしてこすりつけている姿を何度か見たことはあるが、それよりは私の手で掻くほうがはるかに効率的かつ気持ちがいいことうけあいだろう。


顔が見えないミャンマー軍事政権

カテゴリー: - katsumi @ 21時58分47秒

 ビルマで日本人カメラマンが国軍によって射殺された。

 アウンサン・スーチーさんを軟禁し、民主化の動きを封じる軍事政権の顔を、ニュースでも見たことがない。

 ビンラディン率いるテロ組織・アルカイダなどでもビンラディンはもとより、幹部の顔が報じられるし、幹部の人間の顔だけでなく声明などという形で組織の顔が見える。

 ところがビルマの軍事政権は私にはまったく顔が見えない。

 政権の代表者の顔もニュースで見たことはないし、名前を報道したテレビも新聞もしらない。

 もじどおり軍事力だけをバックに支配する勢力の気味悪さが、顔が見えないことで増幅されている。

 これが、ビルマ軍事政権への私の認識の最大のものだ。

 その顔のない政権が僧侶や市民の平和的なデモに発砲し、寺院を襲撃して拘束し、至近距離で日本人カメラマンをねらい撃ちした。

 いまだ一片の政府声明すら発しない。軍事弾圧という事実が着実に進行しているだけだ。

 国民の尊敬のまとである僧侶が先頭にたった行動は、内実は明らかに民主化要求だ。その勇気と行動力は、必ずや国民を鼓舞激励し、国際世論をも揺り動かすだろう。

 

 


2007年9月28日(金曜日)

長い助走あるいはスロースターター

カテゴリー: - katsumi @ 23時29分55秒

 藤沢周平のエッセイのなかに、私の姿をみつけてにんまりすることがある。

 たとえば次のような文章がそうだ。

 「さて日曜日。一分を争って書くといったが、それは建前で、その気分と作品に入って行くこととは別である。やたらにタバコを喫い、お茶を飲み、思い出して足の爪を剪り、ついでに安全剃刀の刃で、丹念に足の裏の魚の目を削る。削りすぎたところに赤チンを塗る。突如として玄関に出て、息を切らして体操をやる。部屋に帰って、呆然と原稿用紙を眺め、鼻毛を抜く。ついに座ぶとんを二つつないでひっくり返る。……。

 ……。長すぎる助走のあとに、漸く建前と実際が一致する時間がやってくる。これが午後二時頃。朝から午後の二時まで、何をやっていたかと言われても答えようがない。われながら不可解である。」

 赤チンは記憶にないが、似たようなものである。ちがいは私が差し迫って書いているのは小説ではなくて、質問原稿であったり、雑誌の投稿原稿であったり、ビラの原稿だったり…という違いぐらいなもので、あとは藤沢周平氏の書いている動きに似ている。

 ねがわくば私も藤沢周平氏のように多産できるようになればと、思うだけである。


「週刊明るい岩美」原稿完成

カテゴリー: - katsumi @ 13時42分33秒

 「週刊明るい岩美」9月30日号の原稿完成。

 これから昼食をかきこんで印刷にでかける。

 窓の外ではあいかわらずモズが鋭い声を発している。


2007年9月27日(木曜日)

鳥取県赤旗まつりの記念講演に志位委員長来る

カテゴリー: - katsumi @ 22時26分55秒

 昨日中央委員会から党県委員会に入った連絡で、11月4日におこなう「鳥取県赤旗まつり」の記念講演の弁士が志位和夫委員長に決まったことがわかり、私にも電話連絡があった。

 参院選で自民・公明の政治にノーの審判を下した国民の、政治を変えたいという願いに、どの政党が、どんな方向の日本をめざし、どう実現するのか―国民はいっそうするどくなってきた目で本物とニセモノを見極めようとしている。

 そうした目線とぴったりかみあう日本共産党の日本改革の方針を、志位委員長が県民のみなさんにわかりやすく、しかも深く解明する―この記念講演は、これまでの立場をこえた多くの県民の関心にぴったりとかみあう企画となるであろう。

 


小田南滝の秋の花

カテゴリー: - katsumi @ 22時14分26秒

 今朝は稲刈りの段取りに入る前に小田のAさんに届け物をしたついでに、南滝まで車を走らせた。

 そう期待はしていなかったのだが、杉木立の下、滝とは別の谷からの流れの近くに、いくつかの花が咲いていた。

 ガイドブックを見て見当がつくものが4種、さっぱりわからないものが3種。

 オオバショウマ、ツリフネソウ、アキチョウジ、ノブキの4種と最後の3枚の写真が不明の3種。

オオバショウマ

オオバショウマ

ツリフネソウ

アキチョウジ

ノブキ

 


稲刈り終わった

カテゴリー: - katsumi @ 19時26分06秒

 稲刈りが終わった。

 6時半過ぎに稲木に掛け終えた。といっても、例年より稲が多かったようで少し稲木が足りず、稲束を残しているが、暗くなったのでお終いにした。

 いま風呂で汗を流してこれを書いているところ。これから夕食だが、今日のビールは格別に美味いだろう。

 

 


ようやく稲刈り

カテゴリー: - katsumi @ 15時05分01秒

 今日はわが家の稲刈り。品種はいちおうコシヒカリ。

 一昨日午後から晴天が続き、秋晴れの農作業日和だ。

 いまでは農家にとってもなつかしい機械となったバインダーで私が稲を刈り、息子が組み立てた稲木に二つ折りに掛けて天日乾燥。妻と母、私で干す。

 午後1時で昼休みにはいり、食事、休憩してこれからまた作業にかかる。

 写真は作業半ばの田んぼのようす。


2007年9月26日(水曜日)

ここに弁証法がある

カテゴリー: - katsumi @ 23時41分04秒

 9月議会一般質問を「週刊明るい岩美」用に原稿の流れをまとめながら、少しあきたら手にとって読んだりしていた藤沢周平のエッセイに、弁証法を見つけた。

 それは「私の修行時代」というエッセイのなかの次の文章だ。

 「私が文藝春秋のオール読物新人賞に応募をはじめたのは昭和四十年前後で、年齢で言うと四十にさしかかったころだった。……

 さて肝心の応募の成績の方だが、数年の間に最終候補に残ったのが一回、二次予選に残ったのが一回、あとは一次予選に名前が載ったり載らなかったりというものだった。

 ところがある年に書いた小説は、いつもと違っていた。それまで書けなかったような文章が書けただけでなく、書いている物語の世界が手に取るように見えた。その小説開眼のようなものは突然にやって来たけれども、ずっと書きつづけていなかったら訪れなかったものだろう。送稿するときにふと胸が騒いだが、『溟い海』というその小説は、予感どおりその期のオール読物新人賞に入選した。」

 積み重ねが飛躍につながる―氏が「小説開眼のようなものは突然にやって来た」というのはまさに飛躍だからだ。もっとも、続けてさえいれば飛躍が来るものでもない、飛躍するに値する中身のある継続であってこそだと思うが。


沖縄とつながっている

カテゴリー: - katsumi @ 21時15分04秒

 先日書いた「歴史のわい曲に立ち向かう沖縄の心」に一つの反応があった。

 「高等学校教科書検定撤回県民大会」のHPからトラックバックがあったのだ。

 さっそくアクセスすると、今月29日の県民大会のことこまかな案内と、参加呼びかけをしている。

 沖縄の現地とつながっていることを実感した。

 私が前記の記事をトラックバックしたことはもちろんで、私の記事も「県民大会」のHPから読むことができる。

 鳥取国体を契機に、沖縄県国頭村と交流をつづけている岩美町の人間として、ましてや議員の一人として、こんなうれしいことはない。

 →前記県民大会のHPはこちらから


岩美町紹介原稿を一部修正

カテゴリー: - katsumi @ 20時49分29秒

 「議会と自治体」誌に送った原稿を一部修正して再送した。

 編集局の担当者からのメールで、「海岸美を生かした町づくり」に言及を、との要望。

 その通りなのだ、とすぐに納得して原稿に手を入れ再送した。

 といっても、「海岸美」を生かした町づくりはしていないので、自立の町としていま力を入れようとしている「教育の町」をめざすとりくみのうち、他町に誇れるものとして、小学校3年までと中学全学年の30人学級実施および小中4校に年間それぞれ100万円ずつの使途を特定しない、現場で自主的に使える予算をつけていることの2つを紹介した。

 30人学級は県の助成制度は小学校1、2年生と中学校1年の3学年で、岩美町は独自に小学校3年と中学校2、3年もやっている。

 100万円の予算措置は今年で7年目になるもので、当時私が2年越しで教育長に話してきたもの。

 予算権限がない教育委員会、1年間の予算が決まってから教員の陣容がきまる学校現場、前年実績主義の予算要望に予算編成―私は議会に出てからこの実情を何とかできないかと考えていたのだが、ある教員のつぶやきがヒントを与えてくれ、後述のような考え方がまとまり、教育長に提案したものだ。

 希望をもって新学年を迎えた教職員集団が新鮮な意気込みを実践に移すことが出来る財政的裏づけをつくるべきだ、その予算は使途を限定してはいけない、現場はそれをどう使うかは初めはとまどうかもしれないが口をだしてはいけない、残したからといって次年度予算で削減するなどはしない、指導することがあるとすれば通常の教育予算で充当すべきことは予算要求するように、そうでない企画や事業に使うようにというような、100万円を設けている趣旨を理解してもらうようにすることがそれにあたる―などを話してきた。

 議会でも実施数年後には何人かの議員が使途を限定しない予算の計上を問題にしたことがあるが、私は委員会で発言したり、議員個々に制度の趣旨を話したりもしてきた。

 いまでは教育委員会も、通常の予算ですべき事柄については予算要求するように指導していることを、先の6月議会の一般質問で答弁していた。また他県はともかく県内では岩美町だけの事業であり現場では喜ばれているとも答弁していた。

 こんな詳細はもちろん書いてはいないが、ことの経過と制度の趣旨を理解するために書いておいたほうがいいと思って書いているうちに、原稿一部修正の記事とは程遠いものとなってしまった。


秋の山野草2つ

カテゴリー: - katsumi @ 12時52分46秒

 これも帰宅途中に撮ったもので、キバナアキギリとミゾソバ。

キバナアキギリ

ミゾソバ

ミゾソバとチョウ

ミゾソバとハチ


桜が咲いている

カテゴリー: - katsumi @ 12時44分19秒

 事務所から帰宅途中に大岩駅裏国道9号沿いの桜並木にちらほらと花がみえた。

 車を停めて観察してわかったことは、葉が枯れ落ちた木(役場の調べでは毛虫の仕業とのこと)のほとんどが花をいくつか咲かせている。しかも、葉が枯れていない木は花を咲かせていない。

 道の反対側にある本庄堤の入口に一本ある桜(おそらくヤマザクラと思うが)も花が咲いている。こちらは葉が枯れ落ちているわけではない。


2007年9月25日(火曜日)

中秋の名月

カテゴリー: - katsumi @ 21時30分04秒

 今日は旧暦8月15日。今日の月が中秋の名月。 いま当直で県委員会事務所のパソコンでこれを書いている。

 さきほど屋上に上がって空を仰ぐと、少し雲にさえぎられていた満月が、完全な姿をあらわした。

 小さく写るのを承知で写真を撮ってみた。ただし写真のアップは今夜はできないので、明日あらためて追加する。

丸いことはわかる。


錦織陽子議員の一般質問

 今日の午後は、県議会で錦織陽子議員が一般質問をおこなった。 途中から県委員会事務所で中継放送をみたが、なかなかに迫力のある追求だった。 生活保護行政についての追求でも、島根原発についての質問でも、前進的な答弁をいくつか引き出した。 次の議会追求に引き継ぎ生かすことができる論戦だった。 さきほど、宿舎にいる錦織議員にねぎらいの電話を入れた。 市谷知子議員の一般質問は、27日に行なわれる。ぜひ一聴を。


岩美町紹介の原稿

カテゴリー: - katsumi @ 12時07分36秒

 先ほど岩美町紹介の原稿を「議会と自治体」誌にメール送信。

 1ページものの「聞いて寄って うちのまち」コーナーの原稿だが、締め切り間際でなければ仕事がはかどらない習い性で、今日の午後はパスできない日程が入っているため、いま仕上げたということ。

 合併せずがんばる町づくりについても書きたかったが、短いものなので、それは諦め、もっぱら岩美の海はすばらしいですよ、と観光案内に徹したものにした。

 ぜひ一度岩美町の海岸の美しさを実感してもらいたい、との思いが強いからでもある。

 

 

 


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