田中克美 「これまでの重要な政策・見解集」1

 

テーマ:合併問題 [2006.08.20 up] (「議会と自治体」2003年12月号、所収)


 鳥取市などとの法定合併協議会の設置の是非を問う住民投票(合併特例法に基づく住民投票)が十月五日に行なわれ、反対三千九百七十九票、賛成三千五百二十五票と反対票が賛成票を上まわり、町民は岩美町の自立を否定して鳥取市との合併を推進する動きにノーの回答を出しました。投票率六七・四五%、反対五三・〇三%、賛成四六・九七%でした。

 

 〇二年十月に町長と議会が自立を決めてからちょうど一年、岩美町域が、これまでと同じく自立した自治体として歩んでいくことが確定した日でした。

 

  振り返ってみると、このたびの市町村合併問題は、二〇〇〇年十二月一日に三〇〇〇余の市町村を千にする合併推進方針を政府が公式に決定したことに端を発し、鳥取県も同月、鳥取市を中心にした東部十五市町村、倉吉市を中心にした中部十市町村、米子市を中心にした西部十四市町村に合併するという大合併など、いくつかの合併パターンを作成したことで、市町村の動きが一気に加速されました。
 

町長、議会が自立を決定するまでの議会での論戦
 
私は、合併誘導の県の態度、合併を当然視する新聞論調などをみて、この問題では町長が地方自治を守る立場にたつことが必要だと思い、二〇〇一年三月議会から一般質問でくりかえし合併問題をとりあげてきました。

 

 私は、同年三月議会では、他の議員の質問に町長が「中立の立場で情報提供する」と答えたことをとりあげ、「町長は町民と町に責任を負うのであり中立の立場はない」とただしました。これにたいし町長は、「合併問題の資料について岩美町にとってどうなのかの分析、検討をして議論していただく」と答えました。

 

 同年九月議会では、「合併についてのいちばんの判断基準は、生まれ育った集落や地域で暮らし続けることができるのかということにあるはずだ」とし、「合併や町民の福祉や暮らし、集落や地域の消長にどのような影響をもたらすのか、情報を提供しともに考えていくことが町のとるべき道だ」と提起しました。 
町長は、「岩美町の名前をかかげてがんばりたい、十五市町村の合併研究会でデメリットも判断できる資料を作成するよう主張する」と答えました。

 

 同年十二月議会では、町長が「岩美町の名前を消さない努力」を表明(三月議会)したことに言及し、「名前を消さないでがんばる道は合併しないことだ」とただし、「岩美町はどこと合併しても切りすてられる地理的な位置にあり、合併は町こわし、地域こわしにつながる」と指摘しました。町長は、「合併しなくても自立できる努力をしていきたい」「合併後の格差も懸念しなくてはならない」とのべるとともに、「自分の意見を押しつけることはしてはならない、メリット、デメリットを十分にしめし、論議できるよう情報提供していきたい」と答えました。
 

町の財政見通しをあきらかに

 

 〇二年三月議会では、十五市町村合併研究会の最終報告(二月二十一日)が「〇四年十月に合併、二〇〇二年九月議会に法定協議会設置を議決(おそくとも十二月議会で議決)する」としていることを受けて、法定協議会の実態が「出口は合併」を想定しており、短期間で合併の是非を議論し結論をうることが必要になると指摘し、「町民と町の将来を決めることを数ヶ月でできることか、そんなやり方でいいのか」と町長の見解をただしました。町長は「短すぎると言わざるを得ない」と答え、あわせて「報告書が各自治体の自立が不可能という資料を出しているが、町独自の財政シュミレーションを早く出し、町民といっしょに考えていきたい」と答えました。


 この間、町議会は、〇一年九月議会中に合併問題特別委員会を設置(全議員)し、合併モデル自治体と目されている篠山市(四町合併)の視察を計画し、〇二年二月に市当局、四月に旧今田町、旧西紀町の住民からそれぞれ聞き取りしました。町当局は、四月初めに中期財政見通しを議会に説明、五月から第一回の住民説明会に入りました。

 

 六月議会の一般質問では、町独自の財政見通しと篠山市視察で合併の是非を判断できる材料はあるとして、町長に是非の判断を求めました。これに対し町長は、「大合併はすべきでない」との認識を示すとともに、「七月の町議選以後の第二回目の説明会では、一定の考え方をしめして議論していただきたい」と答弁しました。
 

まちづくりの角度から合併問題を

 

 〇二年七月の町議選は、合併問題を正面にかかげて訴える現職候補は少数でしたが、私は「地域切りすての合併反対」を訴えました。改選後にあらためて設置した合併問題特別委員会は、八月十七日、各議員に見解表明を求めましたが、合併賛成六人、反対十人、未定二人でした。

 

 説明会で、町当局は、財政問題から説明に入り、独自の財政シュミレーションにもとづいて、「今後十年間は単独自立で運営できる、十年以上先については、国の方針が明確でない以上、無責任な見通しになる」と説明していました。

 

 しかし、説明会に参加した町民にとっては、財政問題がわかりにくいため、その後で説明されるサービスや住民負担の問題がどう変化するのかについての印象が弱く、なぜ合併しない方がよいのか納得いかないままというのが、実状ではなかったかと思います。

 

 町民は、自治会や町内会、集落で、あるいは有志のグループなどで、町づくりや地域おこしの取り組みをすすめています。また町職員もこれらにかかわっています。この人たちこそ、こらからの町づくりの力であり、さらに町民の参加を広げる基盤になる人たちです。 

 

 私は、町づくりという角度から合併問題にせまることが大事だと考え、町議選挙後の八月から、議論を以下のような内容で組み立て直しました。

 

々埓の事業計画はもとより、地域や住民組織などのとりくみに必要な財政は、いまは岩美町として決定、運営しているが、合併すれば、岩美町域に住む住民だけで決定することはできなくなる。

 

⊂来の財政の問題では、いまハッキリしていることは、合併のほうが自立の場合より財政状況を悪くする。

 

D纂荵圓牢簇町より上下水道料金以外のほとんどで住民負担が高く、住民サービスは低い。鳥取市と合併すれば、町営バスや冬の除雪など住民サービスは低くなり、負担は高くなり、役所が遠く不便になる。今よりサービスは低く負担は高く、中心部から遠いとなれば、岩美町域から人が流出するのは目に見えている。
 

議会で「自立」派議員をふやす

 

 議会のなかでは、合併の賛否に大差がないうえに、反対の議員のなかに動揺している議員があるといわれ、私は、前述の三点を基本にすえながら、議員に対する特別の論立てが必要だと考えました。それは次のようなものです。

 

ー立とは何か特別なことではなく、年々の事業計画を立て、予算をやりくりしてきたように、これまでの道をすすむことにほかならない。いま合併しなければならない新たな事情の変更はない。合併か自立かの二者択一を求められる新たな事情は生じていない。

 

合併賛成の議員から、昨年も今年も財政破たんするという問題提起も論議もなく、事業、予算を議決してきた。重大な政策変更を町民に説明する責任がある。説明できない、あるいは説明しないままに合併を推進するのは無責任である、
などです。

 

 そして十月二十一日の特別委員会は、町長が「特色ある地域づくりのために、自立の方向で町民のみなさんと力を合わせてすすむ」と決意を表明し、この表明にたいし賛成、反対を採決した結果、自立十一名、合併七名となりました。

 

 十二月議会では、この結果をふまえ「岩美町は、他の市町村と合併しないで単独で存続すべき」とする特別委員会報告がおこなわれ、四人の議員が「再審議すべき」として報告に反対しました。
 

「合併推進の会」が法定協設置署名にとりくむ
 
 町長と議会の自立決定にたいし、町民の一部有志が十一月に「合併推進の会」を立ち上げ、新聞折り込みの「会報」を発行しはじめました(会報は今年十月の住民投票前日までで二十九号になりました)。

 

 同会は「単独自立は不可能であり、住民負担増は必至。合併するため議会決定を撤回させたい」との趣旨で署名にとりくみ、約二千二百人の署名を集めて、「合併した方がよいという意見が多いから、市町村合併について住民の意見集約を行ない、再審議せよ」という趣旨の陳情を提出しました。

 

 議会は多数で継続審査としましたが、私は、次のような討論をおこない、不採択を主張しました。

 

 崢纂荵圓塙臺擦擦挫影箸任い」という選択は、これまで積み上げてきた施策に取り組むことであり、町民の権利や福祉に新たな課題を課すものではないので、あらためて投票などによる意思確認をする必要はない、 

 

△海譴砲燭い掘合併すべきと主張する場合には事情が異なり、合併するには大きな事情変更があるはずで、それを説明するのは当然の責任であり、自立の町づくりに取り組んできた岩美町で、合併か自立かを問題にするとき、説明する責任はまず合併しようという人にある、

 

こうして「単独存続では岩美町の町づくりがやっていけない、鳥取市と合併すればやっていける」という合理的説明と、それにもとづく住民の一定の合意ができて、はじめて合併か自立かの二者択一を問える状態になる。このときにはじめて、住民投票などによる住民意思の確認が意味を持ってくる。

 

 前述したようにこの十二月議会では、町長からは合併問題について所信表明があり、議会も「合併しない」という特別委員会報告をして、本会議において圧倒的多数で承認しました。

 

 「合併推進の会」は、〇三年二月に七百六十四名の有効署名を集めて、法定合併協議会設置請求をおこない、設置請求の議案審議は五月から六月にかけて当該市町村でおこなわれました。岩美町以外はすべて設置を議決しました。岩美町は六月議会で審議し、賛成二、反対十五で否決しました。「合併推進の会」はこの否決をうけて、合併特例法にもとづく住民投票をもとめる署名運動に入りました。
 

「議員の会」、ちょうみんの「愛する会」の結成と共同

 

 自立賛成の議員が定数十八人中十六人となった議会は、六月議会中に十六名の議員で「自立をめざす議員の会」(以下「議員の会」)を立ち上げました。また、他の市町村と合併せず自立の方向で町づくりをめざす町民の有志によって、「岩美を愛する会」が六月二十二日にスタートしました。

 

 愛する会は、自民党員から共産党議員の私まで、幅広い町民が参加した会であり、「議員の会」と協力して町民の理解を広げるとりくみをすすめることになりました。

 

 「合併推進の会」は、署名の呼びかけにさいしては、合併すべきという主張はせず、もっぱら、「合併の是非は協議会に入って決めればいいのだから署名に協力を」というものでした。(結局、署名は三千余に達し、住民投票は十月五日に実施されました。)

 

 これにたいして「議員の会」は、「岩美町にとって合併はデメリットだけであり、町づくりにとって自立こそメリットがたくさんある」、「法定合併協議会は、鳥取市への編入合併という合併形式および協議会の実態からみて、合併の是非を協議するところではなく、参加は合併に大きくふみだすことである」という、事実にもとづく主張を、新聞折り込みビラ「自立をめざす議員の会レポート」と、街頭の訴え、各集落ごとの懇談会でくりかえしおこないました。

 

 私たちは、「議員の会」を立ち上げてから、町民の理解を広げるために、あらためて勉強会をもちました。それではじめてわかったのですが、実は地方交付税の特例措置など財政問題について、自立派の議員自身が誤解していたのです。自立がいいと思いながらも、将来の財政への不安な気持ちをもっていた一部議員の誤解を解消したことで、この勉強会は、議員自身の自立への確信を深めることになりました。
 

住民の気持ちにかなう町づくりをともに
 
 投票の結果は、反対投票は「合併に反対」の意思表示と考えられますが、賛成投票には、「合併賛成」の人も、合併について賛否いずれかは問わず「協議会で協議したあとに決めればよい」という人もふくむと解されますから、票差よりも「合併賛成」はさらに、すくないと思います。

 

 この結果は、合併が町づくりにとってデメリットばかりという私たちの事実にもとづいた主張が、町民の理解を広げていったものだと思います。同時に、今回の住民投票の過程と結果をつうじて、行政と議会にたいする町民のみなさんの不信が根強く存在していることを、あらためて実感させられました。

 

 町民一人ひとりにとっては、賛成、反対どちらの投票であれ、岩美町の地域と住民を思う気持ちの表現です。その願いにかなった町づくりをすすめるかどうか、これから正念場をむかえます。

 

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